神戸地方裁判所尼崎支部 平成8年(ワ)319号 判決 1997年5月30日
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、各自
1 原告岩本日出子に対し、金一二五〇万円及びこれに対する平成七年八月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告岩本克之に対し、金六二五万円及びこれに対する前同日から支払済みまで前同率の割合による金員を支払え。
3 原告陶浪陽子に対し、金六二五万円及びこれに対する前同日から支払済みまで前同率の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 仮執行宣言
第二事案の概要
本件は、交通事故で死亡した被害者の妻子が交通事故を起こした被告個人に対しては、民法七〇九条に基づき、事故車の保有者である被告会社に対しては、自賠法三条に基づき、その損害の賠償を求めた事案である。
一 争いがない事実
1 交通事故の発生
平成七年八月二一日午後零時二〇分ころ、兵庫県西宮市大井手町一〇番先路上(夙川東側沿い西宮市道南北道路上)で、右道路を南進中の被告柏運転の自家用普通貨物自動車(なにわ四四ら四七三二、以下「加害車両」という。)が、右道路を歩行中の岩本德一郎(以下「德一郎」という。)を跳ね飛ばす事故が発生した(以下「本件事故」という。)。
2 德一郎の死亡
本件事故により、德一郎は、頭部を激しく打撲し、急性硬膜下血腫が原因で、平成七年八月二二日午前一一時一一分、兵庫県西宮市六湛寺町一三番九号所在の兵庫県立西宮病院で死亡した。
3 被告らの責任
被告柏は、前方注視を怠ったために本件事故を起こしたものであるから、民法七〇九条により、被告会社は本件加害車両を保有し、自己の運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償する義務がある(両者の責任は不真正連帯債務である。)。
4 原告らの相続
原告日出子は德一郎の妻、原告克之、同陽子は德一郎の子であり、法定相続分は、それぞれ二分の一、四分の一、四分の一である。
5 損害のてん補
原告らは、自賠責保険から三一二〇万円を受領した。
二 原告らの主張
1 損害
(一) 治療費 一二四万八七二〇円
県立西宮病院における平成七年八月二一日から同月二二日までの治療分
(二) 文書料 四万一二〇〇円
(1) 交通事故証明書代 四二〇〇円
(2) 診断書代(県立西宮病院 平成七年八月二八日) 四五〇〇円
(3) 同右(同右 平成七年八月二九日) 四五〇〇円
(4) 同右(同右 平成七年一一月一〇日) 八〇〇〇円
(5) 戸籍謄本・印鑑証明書など 二万円
(三) 葬祭費 一二〇万円
原告らが德一郎の葬祭関連費に要した金額の合計は二四六万一五七三円を下らない(甲一三の1ないし25)。
(四) 逸失利益 四一〇三万二九二〇円
(1) 德一郎の平成六年度の年収は二八七万二五〇〇円であるが、現実の収入額が賃金センサスの平均額を下回っている場合でも、将来、賃金センサスの平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められれば、賃金センサスの平均賃金額を基礎に逸失利益を算定することができる。失業者の場合でも、事故時に通常の労働能力を有し、かつ、労働意思があれば、賃金センサスの平均賃金額を逸失利益の算定とすることができることとの権衡からすると、有職者の場合にも、事故時に通常の労働能力を有し、かつ、労働意思がある場合には、賃金センサスの平均賃金を逸失利益の算定基礎とすべきである。德一郎は、本件事故当時、五六歳の健康体で、労働能力も、労働意思も有していたし、収入のよい就職先が見つかれば、転職することも考えていた。したがって、德一郎の逸失利益の算定については、賃金センサスの平均賃金額を基礎とすべきである。
(2) 平成六年の賃金センサス産業計男子労働者企業規模計学歴計五五歳から五九歳までの平均年収は六三六万一二〇〇円である。一方、德一郎の六七歳までの就労可能年数は一二年であるところ、その新ホフマン係数は九・二一五であり、生活費の控除を三割とすると、頭書金額となる。
六三六万一二〇〇×九・二一五×(一-〇・三)=四一〇三万二九二〇
(五) 死亡慰藉料 二五〇〇万円
德一郎本人の慰藉料が一〇〇〇万円、原告ら固有の慰藉料が各五〇〇万円
(六) (一)ないし(五)の合計は六八五二万二八四〇円となるところ、受領済みの三一二〇万円を差し引くと、原告三名の請求額の総額は三七三二万二八四〇円となる。
したがって、右金額を原告らの相続分に従い、原告らの損害額を算定すると、原告日出子は一八六六万一四二〇円、原告克之、同陽子は各九三三万〇七一〇円となる。
(七) 弁護士費用
原告日出子 一八〇万円
原告克之、同陽子 各九〇万円
(八) 以上によれば、原告日出子は二〇四六万一四二〇円、原告克之、同陽子は各一〇二三万〇七一〇円の損害賠償請求権を有するところ、原告日出子は内金一二五〇万円、原告克之、同陽子は内金各六二五万円を請求する。
2 本件事故の発生について、德一郎には過失はない。德一郎は、本件事故の直前、横断中の道路を引き返してはいない。本件事故の目撃者である奥村の司法警察員に対する供述調書には、德一郎が振り返っているのを見たと記載されているが、奥村は、当法廷で、德一郎とはまともに顔が合っておらず、德一郎は真後ろを振り返ったわけではないと供述しているところ、右供述は十分信用できる。
本件事故現場は、見通しの良い直線道路であり、被告柏が前方を少しでも注視していれば、横断中の德一郎を容易に発見しえたものである。本件事故は、被告柏の前方不注視という重大な過失により引き起こされたものであるから、德一郎には過失はない。
三 被告らの主張
1 過失相殺
本件事故は加害車両の前方道路を左から右へ横断中の德一郎が対向車線上途中で横断を中止して、急に小走りで加害車両の直前を引き返したため発生したものであるところ、德一郎の横断方法は、殆ど横断し終わった地点から急に引き返すというものであって、自動車運転者の通常の予想を超える極めて危険な方法である。さらに、本件事故の発生場所から北方約四〇メートル先には横断歩道が設置されており、また、西側公園の道路沿いには高さ〇・九メートルの木製柵が設置されていて(甲一の1)、本件事故の発生場所付近は、横断禁止場所ではないものの、実質的には、道路の横断は相当程度制約されている場所といえる。したがって、以上の点から考えると、德一郎には、本件事故の発生について五割の過失があるというべきであるから、損害額の算定について、五割の過失相殺をすべきである。この点に関し、本件事故の発生についての目撃者である証人奥村の証言は到底信用できず、奥村の司法警察員に対する供述が信用性がある。
2 慰藉料額の減額
証人奥村は法廷で記憶と相違する供述をしたといえるところ、それは、原告ら側からの働きかけによって、原告ら側の意向を強く受けた結果であると推認できる。このようにしてまで本件訴訟を有利にしようとする原告ら側の態度はアンフェアーであり、信義則にも反するといえるから、通常の相当額による慰藉料の認定にはなじまないものであり、したがって、慰藉料額は相当程度減額されるべきである。
四 争点
1 原告らの損害額はいくらか。
2 慰藉料額の算定について、減額すべき事由があるか。
3 本件事故の発生について、德一郎に過失があるか。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 争いがない事実によれば、被告らは、本件事故によって原告らの被った損害を、不真正連帯関係で賠償する義務がある。
2 治療費 一二四万八七二〇円
甲二によれば、治療費は頭書金額であることが認められる。
3 文書料 四万一二〇〇円
甲三ないし六及び七の1ないし8によれば、交通事故証明書、戸籍謄本などの文書料は頭書金額であることが認められる。
4 葬祭費 一二〇万円
葬祭費としては、頭書金額が相当である。
5 逸失利益 一七二七万二三四二円
(一) 甲一〇によれば、德一郎の平成六年分の収入は二八七万二五〇〇円であることが認められる。ところで、原告らは、現実の収入額が賃金センサスの平均額を下回る場合でも、将来、賃金センサスの平均額程度の収入を得られる蓋然性が認められれば、賃金センサスの平均賃金額を基礎にして、逸失利益を算定できると主張する。しかし、德一郎の場合には、証拠により実収入の認定が可能である上、将来、賃金センサスの平均賃金額を得られる蓋然性があると認めるべき証拠もないから、德一郎の逸失利益については、たとえ、右実収入が賃金センサスの平均賃金額より少額であっても、実収入を基礎に算定するのが相当である。
(二) 甲一の4によれば、德一郎は死亡時五六歳であったことが認められるから、就労可能期間は六七歳までの一一年であり、生活費控除率を三割として新ホフマン式によって中間利息を控除して德一郎の逸失利益の現価を算定する(新ホフマン係数は八・五九〇)と、一七二七万二三四二円となる。
6 死亡慰藉料 二五〇〇万円
甲一の6及び原告克之の供述から推認される德一郎の家庭での立場を考慮すると、慰藉料としては、德一郎本人分及び近親者である原告ら分を合わせて、頭書金額が相当である。なお、慰藉料額の算定につき、被告らは、信義則などを理由に、減額すべき事情がある旨主張するが、右主張のように、慰藉料額の算定について、通常の場合より減額するのが相当であるとすべき事情があるとまでは認め難い。
7 以上の2ないし6を合計すると、四四七六万二二六二円となるから、右金額を基に、相続分に従って原告らの損害額を算定すると、原告日出子は二二三八万一一三一円、原告克之、同陽子は各一一一九万〇五六五円となる。
二 争点2について
1 甲一の1ないし3、5、一一、乙一ないし四、証人山本の証言、被告柏の供述によれば、本件事故現場付近の道路幅は約七・二メートルあるところ、被告柏が德一郎を最初に発見したとき、德一郎は本件事故現場の道路を、既に道路の中央部分を通り過ぎ、被告柏から見て、対向車線のほぼ中央付近を東から西(被告柏から見たら左から右)へ、公園に向かって、多少早足で横断していたこと、被告柏は、德一郎がそのまま道路を横断すると思い、德一郎の位置とは道路の反対側になる左前方に注意を向けて進行し、再び德一郎に気づいたときには、德一郎は、最初に被告柏が德一郎に気づいたときとは逆に、道路のほぼ中央付近を、西から東へ、歩く速度より少し速い速度で引き返していたこと、德一郎のこのような状態に気づいた被告柏は急ブレーキをかけたが、衝突を避けることができず、加害車両の左前部を德一郎の身体の左側に衝突させたことが認められる。
2 証人奥村は、本件事故直前、德一郎は、横断途中で横断することを止めて、引き返している様子ではなかったと供述するが、1で掲げた証拠に照らし、信用し難い。
3 前記1で認定した事実によれば、德一郎は、当初は本件事故現場の道路を公園に向かって東から西へ横断し、被告柏が最初に德一郎に気づいたときには既に加害車両の対向車線のほぼ中央付近を横断していたが、本件事故直前に、横断することを中止して、当初とは逆に、横断を開始した東側へ戻ろうと道路を引き返していたことが認められる。当初の横断中の德一郎の様子から、被告柏が德一郎は道路をそのまま横断するものと軽信したのも無理からぬ面もある。
以上の点からすると、德一郎が道路の横断を急に中止して、道路を引き返したことも本件事故の一因になっていると認めることができるから、本件事故の発生については、德一郎にも過失があるというべきである。そして、前記1で認定した事実に、本件事故現場の北方約四〇メートルの地点には横断歩道がある(甲一の1、2)ことを合わせ考えると、被告柏の過失割合と德一郎の過失割合は、六・五対三・五とするのが相当である。
三 過失相殺後の原告らの損害は、原告日出子が金一四五四万七七三五円、原告克之、同陽子が各金七二七万三八六七円となるところ、原告らは、自賠責保険から三一二〇万円を受領しているから、三一二〇万円を原告らの相続分に応じて(原告日出子が一五六〇万円、原告克之、同陽子が各七八〇万円)原告らの右損害額から控除すると、原告らの損害は既に自賠責保険によっててん補されていることになる。したがって、原告らの本訴請求はいずれも棄却を免れない。
四 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 武田和博)